品川イッコー 公式ブログ

どうも、品川イッコーと申します。いわゆるYouTuberってやつです。ようやく登録者数13万人超えました。寿司、ラーメン、観た映画などを中心に勝手な感想を述べていきます。

いまさら知る祖父祖母の秘密…

今年の6月に広島にいる祖母が亡くなってから葬式にもいけず線香をあげられないことがずっと心残りだったがなんとか時間を作り今回ようやく広島県西条を訪れることができた。

 

 

親父の兄貴である叔父さんの家で無事に線香をあげる。

それから叔父さんと酒を飲みながら色々と近況を話し合う。

 

親父とは距離が近すぎて普段酒を飲んで語り合うということはしない。

必ず母親か嫁を間に挟んで会話する。

それは男ならあるあるだろう。

だけど叔父さんとなるとそうでもなく結構深い話ができたりするから叔父さんという存在は不思議だ。

 

 

そこで今回祖父、祖母の話を聞いた。

私が14歳の時に祖父が亡くなった。

昔から父方の実家の広島へは数年に一度というロングスパンでしか来てなかったが母方の実家へは夏休みになると毎年欠かさず遊びに行っていた。

 

この不公平感は幼いながらも感じていたし疑問にも思ったりした。

なんとなくだけど母親は親父の実家の事を避けてるのかな?なんて思ったりもしたが子供ながらに決して深く詮索することはせずモヤモヤっとした感情のまま過ごしていたがこの度その謎が叔父さんの話を聞いて全て解けたのだ。

 

 

話を聞くと祖母は結構母親に対して小言を言ってたりしたようだ。それも結構キツめに。

あぁ、よくある嫁姑間の問題だったんだな。

そりゃ寄りつきたくないよね。

親父は三兄弟の末っ子で親からはかなり可愛がられていたみたいで母親に対して相当あたりが強かったらしい。

 

親父はその時母親を庇うとかしなかったのかななんて思ったがまぁ、大人は大人で色々あるんだろう。

その話をいまさら両親にする気はない。

 

 

こういう話って親からは決して聞かないものだから本当に新鮮だ。

 

祖母は最後にはボケて叫んだりと大変だったらしく97歳のある日スイッチを切ったかのようにぽっくり逝ってしまった。

何も苦しまずに眠るように亡くなる。

これって理想だよな。

 

 

そして話は祖父の話になりこれまた大変めんどくさい祖父だったことが叔父さんから語られる。

 

気性が荒く病院の看護師は蹴り飛ばすわ、だいの酒好きで医者から止められてるのに布団に隠し持ってこっそり飲んでたり、最終的に歩けなくなって家中這いつくばって(まるで貞子)酒を探しまわって祖母に見つかって喧嘩になるわ…

 

祖父が亡くなったのは今から20年前。

相棒を亡くした祖母はこの20年という歳月をどの様な気持ちで送ったのか今は知るすべはない。

 

 

2人の馴れ初めはお見合いだけど2人とも結構気に入って(容姿を)結婚したようだ。

だけど喧嘩は日常茶飯事で祖母は「私が早く死んだら化けて出てやる」と言っていたそうだ。

だけど祖父よりも20年も多く生きてしまうという皮肉がなんとも言えない。

 

 

私は全く何も知らなかった。

2人の祖父、祖母の記憶はどちらも穏やかで優しくてオモチャを買ってくれたいい印象しかなった。

 

そのほかにも我が家のルーツは鎌倉時代に遡り東京の目黒川で物流関係をしていた話や毛利元就の家来だった話、品川弥二郎との話、刀がたくさん家のタンスにあった話など色々と。

 

 

改めて親戚とは生きてるうちに定期的にあって色んな話を聞いとくべきだなと思った。

ネットや本で得る知識よりもこうして人と会って吸収するものの方がより長く自分に残る。

 

あなたもしばらく会ってない親戚に会ってみてはどうか?

会わないと絶対に知り得なかった話が必ずあったりするはずだ。

 

ということでとても有意義な休日だった。

さて、家族のもとへ帰りますか。

 

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